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今里 滋

ヒューマン・イノベーションの場としての総政SI

かの有名なスタンフォード大学卒業式の来賓祝辞で、故・スティーブ・ジョブスは「Dots are connected.」と述べた。私流に訳せば、「人生はその出口から見ればすべて一本の線上にある」ということである。しかし、人生は単なる因果の連鎖ではない。前回の今川教授の寄稿にもあったように、人と人の出会いが人生の展開を決定づけること屢屢である。これを縁起という。私が大学に身を置くようになったのも、その昔警視庁機動隊との市街戦に敗れて幽囚せられ、そこで暇に任せて読書に耽り語学を身につけ(獄学?)、「学界は角界と同じで実力次第だ」と大学院に迎えてくれた厳しくも温かい恩師との邂逅があったからにほかならない。

その後、幸いにも九州大学法学部行政学講座を任され、その一方で町内会、PTA、消防団を含むまちづくり活動や市民公益事業にも注力し、日本初の協働型カーシェアリング・ネットワーク、市民出資による株式会社劇場、命と食と農をつなぐコミュニティ・レストラン等を創立・運営してきた。その間の座右の銘は「見たら考えろ!考えたら言え!言ったらやれ!」と「呑んだときの約束は守る」であった。とくに後者は、焼酎のお湯割り5杯目で士気頂点に達する酒癖を持つ自らを縛ることになる。極めつけは、"呑んだ勢い"で福岡県知事選挙に立候補したことだろう。現空港の容量限界を口実に、美しい海を埋め立て不要な新空港を建設せんとする福岡県知事に鉄槌を下すべし盛り上がった酒席で「儂が出る!」と言い放つも食言能わず、やむなく九大を辞して立候補。新空港計画は白紙になったものの、落選。(T_T) 2003年4月のことである。これでは「縁起」どころか「酔狂」だといささか悄然としているところに、しかし、縁あって、その年の秋、総政に迎えて頂くことになった。関門海峡を越えて京に職を得、近江に棲むことになるとは夢想だにしなかったこと!入り口から見ると、人生はどうなるかわからないものだとつくづく思う。ここで拙首。「此方より迷い来たりし人の世はまさかの八坂いざや進まん」

総政に来て2年ほど経った2005年のこと。「魅力ある大学院教育イニシアティブ」という文科省の公募事業がたまたま目に付いた。当たれば2年間で約1億円の事業費が出るという。そこで時の新川研究科長とも相談の上、「ソーシャル・イノベーション研究コース(SI)」という新教育プログラムを創設するという内容の計画調書を作成・提出することとなった。待つこと3ヶ月。晩秋のある日、上村事務長(当時)から「採択通知が来ました!」との弾んだ声の電話があった。そして、その日から嵐のような天手古舞の日々が始まった。年度末まで4ヶ月もなかった。その間に京町家キャンパス江湖館と同志社大原農場・農縁館を開き、1000点に達する備品をそろえて、2006年度からのコース始動に漕ぎ着けた。そして、2007年には、たまたまとある会合で同席したNPO関係者から紹介された「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」なる文科省事業にも採択され、「ソーシャル・イノベーション型再チャレンジ支援プログラム」を3年間実施することとなった。担当教員やスタッフにとってはほとんどの週末が費やされるというハードな事業とはなったが、しかし、このプログラムに有料参加した社会人の多くがソーシャル・イノベーション研究コースに入学し、活況を呈することとなったのである。ちなみに同志社有機農業塾もその一環として2009年度から開かれた。

このようにソーシャル・イノベーション研究コースは種々の縁起を契機として始まり、院生を迎えることとなった。このコースは社会人が多いことが特徴の一つである。平均年齢は40歳を超え、院生総出のパーティは「父兄会ですか?」と言われたりもする。しかし、未だに誤解する向きがあるところでもあるが、ソーシャル・イノベーション研究コースは単なる政策研究のための課程ではない。平たく言えば「世直し・人助け」、つまり社会的課題解決や共通善の発展に、主体的に取り組むことを自らのミッションとし人生における終の仕事とせんとする人材を育成する場でもある。つまり、そこで学ぶ者自身がイノベートされることが前提条件になるのである。これをヒューマン・イノベーションと呼ぼう。ヒューマン・イノベーションはソーシャル・イノベーションの必要条件なのだ。現にこのコースで自己変革を遂げ、あるいは学校で、あるいは山奥の"限界集落"で、困難で前例のない問題に果敢に取り組んでいるソーシャル・イノベーターたちが陸続と輩出しているのは何とも心強いかぎりである。

ソーシャル・イノベーターの養成に必要なのは何よりも"現場"での学びであって、アカデミック・ライティングに長けることが第一義ではない。その意味で、数年前から、総政の総合政策科学専攻が政策研究コースとソーシャル・イノベーションコースに改組されたことは合理的な前進である。しかし、個人的には、百尺竿頭さらに進めてソーシャル・イノベーションコースを技術・革新的経営専攻(TIM)のように独立専攻とするのが望ましいと思っている。最後に、「新たな問題には新たな発想と新たな行動で臨まなければならない」というリンカーン大統領の演説の一節を引いて擱筆したい。

"The dogmas of the quiet past are inadequate to the stormy present. The occasion is piled high with difficulty, and we must rise with the occasion. As our case is new, so we must think anew, and act anew. We must disenthrall ourselves, and then we shall save our country." Abraham Lincoln's Second Annual Message to Congress, December 1, 1862.