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知事報酬削減と実証研究のサンプル数 川浦昭彦教授

 小池百合子都知事の給与を半減する条例案が、都議会で全会一致をもって可決された。これにより知事の年収は約1448万円に減額され、都議の年収約1708万円を下回る。小池都知事は7月の知事選で自らの報酬の半減を公約としており、今回の条例案はそれを実現したものである。また、蒲島郁夫熊本県知事は、2008年4月に就任すると、公約の通り財政再建策の一環として知事の月給を100万円削減して月額24万円とする知事等給与条例改正案を県議会に提出した。当該年度のみに限定されていたとは言え、これにより熊本県知事の月給は、財政破綻した北海道夕張市の市長より低く、当時では全国の地方自治体で最低の水準となった。同様に、2006年に大阪府知事に就任した橋下徹氏は、財政再建策の一環として職員給与を削減するのに合わせて知事給与の30%減額を実行し、その後大阪市長に就任した際にもそれを超える報酬削減を行っている。

 一方で、地方自治において首長と並んで住民を代表する地方議会議員の報酬が大幅に減額されたとのニュースに接することはあまりない。むしろ、その引き上げが報じられることの方が多い。例えば、今夏富山市議会では、政務活動費の不正受給問題が多数の議員に相次いで発覚し、9月末時点で定数40名のうち議長を含む10名の議員が辞職したが、今年6月には月額60万円の議員報酬を2017年度から10万円引き上げることを可決していた。

 地方議会で議員報酬が減額されるケースも全くない訳ではない。2006年以降について調べてみると、高知県四万十町(2006年)や秋田県にかほ市(2008年)で議員報酬の大幅な引き下げが可決されている。しかし、四万十町の35%の減額は、町議会の解散請求(リコール)が行われる中で行われた。また、にかほ市の場合はおよそ24%の減額であるが、それは議員報酬の同額の引き上げが年度初めから行われていたところを、市民団体の請求に応じて元に戻したに過ぎない。他には岡山県議会や鹿児島県議会、鹿児島県枕崎市議会などで議員報酬引き下げが行われているが、いずれも下げ幅は数%程度と小幅である。

 知事・市長では観察される大幅な報酬削減が、地方議会議員に関しては見られないのは何故であろう。共同的意思決定の観点から考えれば、首長は本人が提案し、議会が反対しなければ削減を実現できるのに対して、議員の場合には先ず議会構成員の多数がその提案に同意するというプロセスが必要になるからであろう。つまり議員報酬を減らす場合の方が意思決定に関わる手間は多くなる。また、首長は自らの給与を減らすという決定の手柄を一人で独占できるのに対し、議員の報酬を減らす決定がもたらす住民からの賞賛・尊敬は、大勢の議員の間で分散されてしまう。つまり報酬を減らす場合の便益は議員個人にとっては小さくなる。だから首長の報酬の減額は実現されやすく、その額も大きくなりがちであると言える。

 また、次のような議論も可能であろう。すなわち、自らの報酬を大幅に削減できる知事・市長はいずれも私利私欲にとらわれない稀有な政治家である。首長は一人だけであるから、こうした優れた人物がたまたま首長選に勝利すればその報酬も大幅に削減され得る。それに対して、議会は多数の議員により構成されるために、報酬にかまわず地元に身を捧げる覚悟のある立派な人物がたとえ含まれていたとしても、議会全体の中ではその様な人物の割合は低くなりがちで、その提案が条例改正案として成立することは容易ではない。多数の意見が織り込まれる決定であればあるほど、ごく一部の者の意向を反映した意思決定になる可能性は低くなる。

 地方政治家の平均的な姿を明らかにしようとする場合、特定の自治体を対象とするならば、首長よりも地方議会議員を分析する方がそれを捉えることは容易であろう。首長に焦点を当てるのであれば、特定の知事・市長を議論するのではなく、47名すべての知事、あるいは全市長をサンプルとして分析することで、はじめて平均的な首長の姿に迫ることができるだろう。

 現実のデータを利用して社会で観察される事象を分析する場合には、多数のサンプルを利用することが望ましい。社会科学の分野で実証分析を行うときに我々が目指すものは、社会に関する理論的な考察から得られた仮説をデータで検証し、その考察の結論を一般化することである。そしてその過程ではサンプルをある程度確保することが欠かせない。一つや二つの組織、一人や二人の人物の観察で得られた知見を社会全体に当てはまると結論づけるべきではない。サンプル数を大きくするために分析の対象を増やすことは時間も手間もかかることではあるが、それを回避して安易な研究に走ることは厳に慎むべきである。