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インクルーシブ教育-通級指導と特別支援学級の選択は中立的か? 田中宏樹助教

共生社会政策シンボルマーク(内閣府)
出典:http://www8.cao.go.jp/souki/symbol.html

2007年4月の特別支援教育の開始からまる10年。この間、特別支援教育を受ける子どもの数は急増し、2015年5月1日の時点で、その数は全国で約36万2,000人、義務教育段階の全児童数に占める割合は3.58%に至っている。急増の背景には、2007年以降、視覚障害、聴覚障害、知的障害といった従前対象となっていた障害種のみならず、学習障害、注意欠乏・多動性障害、情緒障害といった新たな障害種が加わり、児童生徒に対する学びの場の多様化が進んだことがある。筆者は、障がい者教育・福祉に関しては門外漢であり、現状の特別支援教育について、あれこれ論じられる立場にはないが、障がいの有無に関わらず、一人一人の教育的ニーズを把握して、適切な教育的支援を行うとする教育政策の理念は崇高であると思うし、実際の教育現場において、そうした理念を活かすべく、具体的な取り組みや体制作りが日々進められていると期待したい。ただ1点気がかりなのは、特別支援教育の提供形態が、通級指導に比べ特別支援学級に偏っており、そうした偏りが現状の教育行財政制度の帰結として生じてしまっているのではないかという点である。

特別支援教育の提供形態には、①特別支援学校、②特別支援学級、③通級指導の3種類がある。障がいの程度が比較的軽い場合、通常学級とは別の学級での指導(特別支援学級)、あるいは通常学級での指導(通級指導)のどちらかを、学びの場とする選択肢が用意されている。①~③の選択は、本人や保護者の意思、専門家の意見等を勘案の上、市町村教育委員会によって行われる。特別支援学級か通級指導かを判断する上で、国により目安となる就学基準が定められているが、実際の運用に当たっては市町村教育委員会に裁量の余地があり、基準の適用には、地域差が存在している(東京都は通級指導の割合が高い一方、山形県、高知県では特別支援学級の割合が高い)。

本稿の仮説は、就学基準の地域差が生じる一因として、教員確保をめぐる財政措置である、県費負担教職員制度や義務教育国庫負担金制度の存在があるのではないかというものである。すなわち、教員の人件費に対する上記制度を通じた国や都道府県の財政措置は、特別支援学級であれば、通常学級の教職員人件費と同様に、法定の教員定数に対する人件費として毎年度確実に予算化されるのに対し、通級指導であれば、文部科学省と財務省の予算折衝の末、毎年度決定される都度の予算を充当することで人件費が捻出される。特別支援学級と通級指導とでは、教員を配置する上で必要となる財源確保という点で、(通級指導の予算化は当てにできないという意味で)大きな差があることから、自治体の立場からすると、財源確保が確実な特別支援学級の整備に向かうインセンティブが生じやすいと考えられる。

加えて、少子化の進行とともに減少を続ける通常学級の代わりに、特別支援学級を増やすことで、(学校教育費の予算額に影響を与える)学級数を維持する、あるいはその減少をなだらかにする効果も期待できる。地方自治体が、予算規模の維持や財源の確保を優先し特別支援学級化に向かっているかどうかは、詳細な実証分析を待たなければいけないが、特別支援学級と通級指導をめぐる自治体の選択が非中立的になる可能性を排除できないのではないかというのが、筆者の仮説である。

「ひとりひとり丁寧に」かつ「みんなで一緒に学ぶ」の両立を目指すインクルーシブ教育の理念に照らせば、障がいをもつ児童生徒に対する通級指導は、特別支援学級に優先される教育形態であるといえるのかもしれない。2017年度予算より、通級指導と特別支援学級への財政措置の差異が解消されたことを契機に、少なくとも、通級指導と特別支援学級の選択をめぐる中立性を確保しうる制度のさらなる改善が必要であるといえよう。