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イタリア食科学大学報告「ファースト対スロー」 教授 新川達郎

1. 2010年参議院選挙とイタリア政治

2010年7月11日の参議院議員選挙の結果では、昨年の衆議院総選挙で政権交代を果たした民主党が議席を失い、自民党が改選議席数では第1党になりました。 昨年秋までとは立場を変えて、衆議院と参議院で多数派が異なるというねじれ国会現象が生まれることになりました。 今回の選挙では、民主党でもないし自民党でもない、一般的には第3極と呼ばれる新しい政党が多数登場しました。 「みんなの党」のように一定の成果を上げた政党もありますが、気になるのは、自民、民主を含めて政策の体系や軸に必ずしも基本的な違いが見えないという点でした。 政府改革や財政健全化、社会保障、景気対策など、主たる政策の目標において大政党間で大きな違いはなく、その方法の違いがクローズアップされているように感じました。 選挙結果をどう考えるかはその道の人々にゆだねたいと思いますが、流動化した政治状況や、選択肢のねじれ現象は、在外研究中に経験したイタリアの政治状況にも似て、 興味深いものがあります。

イタリアでは、現在、中道右派が連立して政権を維持していますが、中道左派の民主党とそれに近いグループが、大きな政治勢力になっています。 選挙の仕組みが違いますから、何とも言えませんが、この15年ほどの間、中道右派と中道左派が政権交代を繰り返してきています。 そして、2008年4月の総選挙では、中道右派のベルルスコーニ政権が成立したのですが、同時に左派では1994年の「オリーブの木」 の首班として知られるブロディが中心となって2007年の10月に左翼民主主義(旧共産党)とマルゲリータ(キリスト教系中道政党)の統合を果たし民主党が成立していました。 90年代初めの保守系長期政権以後の分裂と混乱、政党の離合集散は、日本の政治状況にもよく似ていますが、 そのなかで政治を動かす軸が見えてき始めたということもイタリアではできるかもしれません。

2010年 州政府選挙ポスター(左側が右派、右が左派)
写真1 2010年 州政府選挙ポスター(左側が右派、右が左派)

2010年3月に13の州政府選挙がありました。2009年に相次いだベルルスコーニ政権のスキャンダル事件などもあって、 2013年の総選挙に向けて中間評価となる中間選挙と位置付けられていました。2005年の州政府選挙では中道左派がほとんどの州政府で勝利を収めました。 そしてこの3月の選挙では、予想や期待に反して半数近くで中道右派政権になりました。この変化をどう読み解くか議論はありますが、大きくは、 左派の中央集権的で社会民主主義的な路線と、右派の地域主義的で自由資本主義的な路線とのせめぎあいということができるでしょう。 中央集権と地域主義(分離主義)の対立軸、そして修正福祉国家(均衡財政主義)と自由主義国家の対立軸でありますが、 国家統合の歴史が浅くなお古代からの歴史文化を背負っている国に特有の問題も背景にはあるかもしれません。

最近のイタリアでは、ギリシャの財政危機、ユーロの信頼性への疑問、ヨーロッパ経済への負のインパクト、イタリア政府財政の慢性的な赤字、 国内的には景気後退と雇用問題、移民や外国人労働者問題などを抱えて、政治、社会、経済の課題解決を迫られていることは、 実は日本と変わらないところもたくさんあります。その中での政治選択が持つ意味を、最近、政治的にも注目を浴びた出来事である 「マックイタリー騒動」をとりあげて、考えてみたいと思います。そしてそれは、食科学教育をめぐる私自身の在外研究の根本的な課題とも重なっているところがあります。 ほかの分野でもそうだというご指摘はあるかもしれませんが相変わらず勉強不足のイタリア語での理解ですので、誤解その他のまちがいはお許しを頂いて、ご笑覧ください。


2. 食科学大学とスローフード運動

私が2010年3月まで在外研究の場としていたイタリアの食科学大学は、イタリア北西部のピエモンテ州の真ん中あたりにあるブラという人口3万人足らずの小都市にあります (なお、マスターコースの一部はパルマの近くのコロルノという小さな町におかれています)。ピエモンテ州は、フランスやスイスと接した地域で、 歴史的にもフランスとの接点が多い地域です。たとえば、フランスのパンとして有名なクロワッサンやブリオッシュが普通のお店で売られていて、 食べ方はフランスと少し違いますが、日常の食べ物の中に当たり前のように入っています。ともあれ、ピエモンテ州は豊かな農業地帯であり、 州政府は、食の都を標榜して、チーズやワイン、白トリュフ、食肉加工など、特産の農産品の保護、生産と売り込みに力を入れています。 もちろん、穀倉地帯であり、米、麦、トウモロコシ、野菜類なども豊かです。

さて、私がいた大学は、別名スローフード大学と略称されています(この言い方はイタリアではもちろん定着しています)。それは、この大学が、 国際スローフード協会のイニシアチヴによって設立されたこと、そして、新しい食科学教育を目指していることをよく示しています。 世界的にも、食、農、環境をめぐる問題は、大きな課題となっていますし、そうした課題に応える新たな教育研究の拠点として、 ある意味では世界的な使命をもった大学だということもできます。

この大学設立の思想的な、そして社会的な背骨となったスローフード協会は、1989年に設立されました。 そのきっかけは、イタリアへのマクドナルドハンバーガーチェーンの進出であり、85年のミラノの中心街への出店計画でした。 イタリアの食とその伝統を守るべきだという観点で、ファーストフードに対してスローフードを提唱したのが、スローフード協会の創設者たちだったのです。 そしてその中心にいたのが、現在も協会の会長であるカルロ・ペトリーニ氏です。同氏は、また、スローフード大学の理事会メンバーのトップでもあり、 大学の基本的なコンセプトの提唱者の一人でもあります。

食科学大学全景
写真2 食科学大学全景

さて、ミラノの大聖堂(ドゥオモ)の近くに立地したマクドナルドは、外装こそ赤ではなく黒に統一して周囲との調和をしていますが、 提供しているのはファーストフードであり、多国籍企業の本質には変わりがないといえましょう。しかも、イタリアでは、 かつてスローフード運動の起点となったマクドナルドが、徐々にではありますが、その勢力をのばして、いまやイタリア全土に400店舗以上を展開するようになっています。 そして、都市やターミナルの再開発が進むごとに、その店舗は増えているようです。

今年の1月には、このマクドナルドをめぐって、大きな政治的な論争が起こりました。マクドナルドが、すべてイタリア産の優良な材料でできたマックイタリーと命名したハンバーガーを、 ローマの観光名所近くの店舗で売り出し、大きな話題になったのです。イタリア産の粉を使ったイタリア製のパン、ローマ近郊のアーティチョークのソース、 100%イタリア産の牛肉、イタリア特産のアジアゴチーズ、もちろんイタリアのレタスを使っているとうたっています。

これだけなら、世界各国で地域特産品を売り出しているハンバーガーがあるわけですから、驚く必要はないのですが、これに政治がかかわってきました。 当時のイタリアの農林大臣ルカ・ツアイア氏が、このハンバーガーの宣伝に一役買ったのです。ローマの有名な観光地であるスペイン広場にあるマクドナルドで、 当の大臣がマックのエプロンを付け、マックイタリーをもって、宣伝に努めたというわけで、これが大々的に報道されました。

それもあってか、報道されたところでは食糧や料理に関する評論家からはさんざんに批判され、野党からも攻撃される一方で、大臣は果敢に反論しているという状況が、 2月初旬まで続いていました。この間、マックイタリーの売りあげは順調以上だったということです。

この論争について私自身は、単なる一過性のものとしてみるのでは不十分だし(マックイタリーという商品自体は一過性の人気あるいは話題のように思われますが)、 イタリアの政治、経済、社会、文化、歴史や伝統にかかわる根本的な背景がそこにあると感じていました。また、世界の各地域のあり方に深くかかわる問題を内包しているように思い、 すこし関心を持って観察していました。そこで、このマックイタリー論争の経過について、概略をとりまとめてみましたので、報告させていただきます。


3. マックイタリー論争:第2次ファーストフード対スローフード論争の経過

前述のようにイタリアでは、2010年1月に新発売されたマックイタリーという新しいハンバーガーをめぐって、論争が起きました。 議論が大きくなったのは、ルカ・ツアイア農林大臣が、ローマの観光名所にあるマクドナルドハンバーガー店で、 マクドナルドのエプロンをつけてハンバーガーを手にしてその宣伝をしている姿が、大々的に報道されたことから起こりました。

McItaly burger
写真3 McItaly burger

これに対して、野党民主党のエルメテ・レアラティ下院議員が、本当にイタリアのためになっているのか、広告は真実なのかと、疑問を呈しました(1月29日報道)。

ツアイア大臣は、レアラティ発言に対して、イタリア農業の振興や国民がイタリア産のものを食べることができるようになるための努力であり、 「懐疑の文化」では何事も進まないし、これは確かな方向にあると反論しました(同日)。

関連して外国の報道機関でもこのマックイタリーについての論評があり、ガーディアン紙では大臣にたいして「奇怪な行為」という指摘をしています。 これらを総括するように、2月3日の新聞紙上(レプブリカ紙1面)に、国際スローフード協会会長のカルロ・ペトリーニ氏の寄稿があり、マックイタリーがイタリアの農民に貢献しているのか、 ツアイア大臣は多国籍企業に協力しているのかとの疑問が提示されています。またこれに対しては、マックイタリー側からは、 ペトリーニ氏にマックイタリーのトレーサビリティや原産地証明の検証をするよう呼びかけています。

もう一つ大きく取り上げられたのは、タイムズ紙に寄稿されたリチャード・オーエン通信員の手記です。実際に食べたうえで、そのマックイタリーの評価は低かった(2月4日付)のです。 これに対して、ツアイア大臣は、同紙に寄稿し、その前日のマックイタリーの売り上げ(一日10万個、イタリアのマック全体の売上の15%)を引き合いに出して、 オーエン通信員はその評価を数字に基づいて見直すべきであると述べています(2月6日付)。 なお、私も後日マックイタリーを食べる機会があり、もしかすると先入見があるのかもしれないのですが、オーエン通信員と同様な印象でした。

その後、新聞各社では、この論争をめぐる記事がいくつか報道されています。また、海外からの注目もあって、いくつか報道は続いているようですが、 ひとまず、2月10日ころで、ニュースだねとしては終息したようです。

論争の行方としては、その後の報道でも、たとえばBBCは、マックイタリーへの評論家たちによる厳しい評価、たとえばイタリアの食品や料理への裏切りだといった論調のものでしたが、 それに対する大臣の反論「彼らは無知なスターリン主義者だ」との発言を取り上げています。ロイターも評論家がこのハンバーガーをくず箱に放り込んだと伝えたところです(2月8日付)。

イタリアの新聞各社も、その論評で、このハンバーガー論争を取り上げています。そのトーンはハンバーガーをめぐる戦争、イタリアはグローバル化に屈服するのか、 といった表題のもとで、論争を詳しく紹介しています。その基本的な論調は、グローバル化あるいは多国籍企業の浸透を避けられないという前提のもとで、 論争を客観的に整理するもの、あるいはイタリア的なものをどう考えるのかという論点を指摘するもの、 あるいは多国籍企業の戦略に飲み込まれていることをややシニカルに客観的に報道するものなどでした。

その後、マックイタリー論争は、社会的に大きな広がりが出る様子もなく、政治問題としても、州政府選挙に重点が移っていき、自然に収束した状況です。 評論家からは酷評されて、一応その評価が定着したマックイタリーですが、逆にこうした報道自体の影響もあってか、当初のマックイタリーの売れ行きは好調のようで、 一応定着したようですし、それが、多国籍企業側や協力した政権側の意図だったのかもしれません。もちろんマクドナルドとしても相当に力を入れているようで、 テレビでの宣伝も私がイタリアにいた3月頃まではよく入っていました。若者が中高年の父親世代とマクドナルドに一緒にゆき、 若者と共に中高年層がマックイタリーを美味しそうに食べるという構図で、今回の論争をよく象徴しています。ただし、マックイタリーが、 マクドナルドの世界標準になっているわけではないようです。イタリアでも、新製品のキャンペーンに留まっているし、 若者にとっては値段の安い定番のバーガー類のほうがいいというのが、本音かもしれませんし、実際のところ、お店で観察している限りは、 若者たちは大臣の期待とは異なって普通のハンバーガーやポテトチップス、あるいはコカコーラなどをとっていました。 ともあれ大臣の期待とは違ってご当地マックにとどまるのかもしれません。

ちなみに、ツアイア農林大臣は、その後本年3月に行われた州政府選挙において、水の都ベネチアがあるベネト州知事候補となり、当選を果たしました。 国際スローフード協会会長のカルロ・ペトリーニ氏は、「次は、マックベネトを売り出そうというのか、」と2月の反論手記で皮肉っていました。