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政策最新キーワード『心理的安全性』

心理的安全性

投稿者 川口 章:2024年1月1日

投稿者 川口 章:2024年1月1日



 「心理的安全性」とは、自分の意見、疑問、心配、失敗などについて、周りを気にすることなく発言できる組織文化のことです。みなさんは、授業中、自分の意見を発表したり、疑問に思ったことを質問したりするのを躊躇したことはありませんか。「友達から笑われたら恥ずかしい」、「こんな質問をしたら先生に叱られるかもしれない」というような不安があって、なかなか意見や質問を発言しにくいクラスは、心理的に安全でないクラスです。まじめに授業に取り組む学生を馬鹿にする学生がいたり、教員の発言に疑問を呈する学生を叱る教員がいたりするときに、心理的に安全でないクラスが生まれます。逆に、そんなことを心配せずに、意見や質問を発言できるクラスは心理的に安全なクラスです。
 心理的に安全でないクラスでは、教員の意見を聴くだけの授業になり、議論が深まりません。それに対し、心理的に安全なクラスでは、多様な意見が出され、教員も予想していなかったような新しい発見が生まれることがあります。
 職場でも、同じことが言えます。職場で自分の意見を言うと上司や先輩から「新入社員のくせに、偉そうに言うな」と叱られ、上司や先輩の命令には絶対に従わなければならないような文化がある職場は心理的に安全でない職場です。
 「心理的安全性」はなぜ必要なのでしょうか。例を挙げましょう。自動車メーカーのダイハツ工業では、2023年4月以降、製品である自動車の品質検査における不正行為(データの書き換えなど)が次々と発覚し、同年12月には国内すべての工場で生産を停止するという事態に至りました。同様の不正は30年以上も続いていたそうです。
 なぜ、そのような不正が長期間にわたって行われてきたのでしょうか。『日本経済新聞』(2023年12月22日社説)は、「最大の原因は会社や上司に『ノー』とは言えない企業風土であるようだ」と指摘しています。「収益を求めるあまり開発期間が短縮され、やがて『むちゃくちゃな日程が標準となる』。それでも職場風土として『できない』が言えない。失敗やミスがあると会議でつるし上げられ、『叱責文化』がなくならない。」
 ここで「失敗」とは、命令された開発期間に製品が完成できないことです。品質検査で不合格となると、その修正には何週間、何カ月もかかってしまうことがあります。品質検査を1回で合格しなければ納期に間に合わないような「むちゃくちゃな日程」に誰もノーといえない。品質検査を不正に行ってまで納期に合わせて「完成」させる。まさに、心理的安全性の欠如が生んだ不正です。
 では、どのようにすれば、心理的安全性の高い組織文化が作れるのでしょうか。まず第1に必要なのは、企業のトップが心理的安全性の必要性を認識し、それを従業員に周知し、社会に公表することです。そして第2に、心理的安全性が高い職場風土を醸成するための取組を行うことです。それには、取組責任者の任命、研修の実施、従業員意識調査の実施、カウンセリングなどが含まれます。
 第1の点に関しては、ダイハツ工業の親会社であるトヨタ自動車の佐藤恒治社長が次のように述べています 「不正が起きてしまう原因は、誰か人に存在するのではない。不正が起きてしまう、あるいは不正をせざるを得なくなってしまう仕組みや環境条件を突き止めていく。そのためには、本音を話してもらえるようになるまで我々も現場に行って会話をする。そして、相手の気持ちになって、なぜそれが起きてしまうのかを自分なりに考えて理解することが大切だ。」
 「それをやる中では、多くの人に今の状況を正しく伝えて、不安を取り除いてあげること、心理的安全性を担保した中で、改善に向けてみんなが思いを1つにできるようにすることが大切である」(「日経ニュースアーカイブ」2023年11月8日、括弧内は川口加筆)。
 企業トップの認識と問題解決の方向性は間違っていません。ただ、「言うは易し、行うは難し」です。今後、ダイハツ工業において、職場風土、企業文化の改革が進むかどうか、注意深く見守って行きたいと思います。