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SOSEI TALK

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国際政策コース

山谷 たしかに、政策なんかの理論で言えば、国際社会で使える政策手段と国内で使える政策手段というのは、微妙に違うわけです。 しかしまず政策手段にはこういうものがあって、国際関係のなかで使えるものはこうだと、国内ではこうだと、そういう勉強が必要だと思うんですね。
つまり、国際政策コースで気をつけなくてはいけないのは、私は外国が好きだからアメリカの勉強がしたいとか、中国の勉強をしたいとか。だからアメリカ屋さんになったり、 中国屋さんになったり、これが一番困るのです。それは、どうぞ別のところに行ってくださいと。
われわれは、政策学と基本的なフレームワークがあるから、そのなかでフィールドを国際関係、あるいは国内政治、どちらでもいいんだけれども、 それが実はつながっているみたいな、そういう考え方でやっていかないと、研究としてはちょっとつらいでしょうね。
神田 そうですよね。学生である私の視点からしても、大まかに2種類の学生がいると思うのですが。国際政策コースでなくても「国際」を重視して入ってくる学生、 他方において「政策」というのを重視して入ってくる学生の2種類です。やはりまったくそれぞれ違った視点を持って研究テーマに取り組んでいるなという印象は受けますね。
月村 でも、両方のスタンスは必要でしょう。それによって自分のやりたいことを相対化できるともいえるわけですよ。どちらに重心を置いていっても。
神田 どちらかではなく。
月村 自分の研究対象にしても、自分の将来の進路を考えるにしても、どちらが欠けても非常に色々なことを考えるうえで偏ってしまうかもしれませんよね。
神田 そうですよね、はい。それぞれの相対化を重視しないと。
山谷 相対化、まあ比較になるんですかね。
月村 そうです。比較ですね。単なる違うものを並べるんじゃなくて、比較です。それは、一般社会に出ても、どれかに集中するのも大事だけれども、 どこかで相対化をしていかないと。やはり複眼的なものの見方をしていくということをしなきゃいけないですね。
山谷 学者になるか、ならないか、研究者になるかどうかは別として、そういう視点というのは、けっこう実社会でも役に立つでしょうね。
神田 そうですね。
塩山 広い視野を持って勉強していかないといけないなと思います。
月村 ましてや、これから会社に一生ご奉公するとか、そういうライフスタイルがだんだん変わってきているし、そもそも自分がご奉公しようとしてもだめな場合もある。 そうすると、常に自分を相対化するというか、自分の環境を相対化してくるということも大切になりますね。
山谷 面白い話があります。あるアフリカの国でODAで水道のパイプを敷設したらしいんですよね。すると、次の日の朝になったら、それが全部盗まれてなくなっていたと。これは今の日本では、まずありえない話でしょうね。だけど、ちょっと昔の日本ではそういうことが時々ありましたね。だから、私が最初思ったのは、やっぱり似ているんじゃないかなと。
そういう目線から国際援助のやり方を見ると、国内で東京から地方に交付金その他をばらまくやり方とすごく似ているんですね、スキームというのか仕組みがね。
ところが、国際関係論をやってODAの議論をしている人たちというのは、そういうところに気づいていないわけね。それが今般で言えば、国際協力銀行の改革をどう考えるかというのがいきなり出てくるんだけど、あれは実は国内的なスキームも国際的なスキームも併せて、全部をもう1回見直そうという大きな流れの中で出てきているんです。
だから、要するにスキームが一緒なんですよ、私が考えるには。それを国際と国内に分けて考えるのが、あまり意味がないのかなと。それを最近の言葉で言うと、ガバナンスみたいな言葉で、うまくつなげようとしているのだとは思うんですけどね。
そんなことで言うと、いきおいこの国際政策コースというのは、英語か何かの外国の本を読んで研究するというような基本的なスタンスが出てくるでしょうね。日本語の本を読みながら、あるいは日本の文化に触れながら、あ、一緒だとか、ここが面白いとかが出てくるのだろうと思うので、英語とか何か読めないと、かなりつらいんじゃないですか。
月村 つらいけど、よりつらいのは日本語のわからない人でしょう。われわれは、たぶん多くの教員も学生も日本で育ち、日本の見方で見るしかないわけですよね。 だけど、その見方を日本語でどうやって表現するかという問題がありますよね。
山谷 でも、最近はどうなんですか。留学生も増えているから、けっこう日本語がわからない人がいますよね。わかっているかどうか、わからない人が。
神田 そうですよね。比較的、やはり台湾、中国などアジア諸国からの留学生が一般的なんですけれども、語学にちょっと苦労している方も見受けられますね。
塩山 同じ授業を取られている留学生の方で、日本語に苦労しているなという方はよく見られます。それでも日本に来て必死に勉強されていますね。
山谷 本当言うと、台湾とか中国とかから来ている人は、神田さんみたいに中国語ができる人がいるとすごく助かると思うんですけどね。
神田 そうですかね。そういった意味でも、私は所属している共同研究室のなかでは、たくさん留学生の方がいらっしゃるので、情報を交換したり、 わからなかった点を私が解釈したとおりに説明したりすることで、皆さんも「すごく助かる」というふうに。
山谷 それを中国語でやるわけでしょう。
神田 そうですね。やりとりは、日常でも中国語が飛び交っているという感じなんですけれども。
山谷 本当は、そういう先生がいないといけないんでしょうけどね。
月村 でも、上から目線じゃなくて、同じ目線で情報を交換してくるという、まさにグローバルな話なわけですから、それはそれでいいんだと思いますけどね。
そして留学した人は、それ自体、自分を相対化する環境にいるわけですよね。そういう人たちの中では、今度は日本人の学生が自分というものをふり返るわけです。