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真山 達志

総合政策科学研究科が目指した「総合政策科学」再考

 総合政策科学研究科(以下、総政と略す)は1995年4月に開設されたので、昨年(2015年)にめでたく20周年を迎えた。記念すべき年にあたって、総政の設立の趣旨や経緯への関心が高まった。設立にも関わり、20年間にわたって総政の専任教員を務めてきた私に対しても、20周年記念のシンポジウムへの出席や記念誌への執筆が求められた。ある意味では、偶然の巡り合わせで総政の設立に関わった者にとっては、大変名誉なことであったが、単に昔話をして懐かしむのではなく、総合政策科学とは何か、政策系の大学院はいかにあるべきかという問題に意見を述べるという難しい課題でもあった。ここでもう一度、総政とはどこから来てどこへ行こうとしているのかを考えてみよう。

 

 1990年代に入ると、全国各地で政策系の学部・大学院が相次いで新設された。名称は、政策科学とか総合政策など様々であるが、政策を研究対象としていることは概ね共通している。そして、政策学や政策科学を確立し、教育・研究の中核に置こうとしている。しかし、そもそも政策学とは何か、政策科学はディシプリンとして確立しているのかという根本的な問題が解決していない状況で、いきなり学部教育を展開するのは無理だと私たちは考えた。むしろ、一定の社会経験を積んだ人が、仕事や生活の中で抱いた問題意識を整理して解決策を模索することを学術的にサポートするような大学院が必要であろうと判断した。つまり、大学院レベルのリカレント教育に対するニーズが高まるという予測のもと、社会人を念頭に置いた研究科として総政が生まれることになったのである。

 

 多くの社会人、とりわけ大学院での研究を志すような社会人は、明確な問題意識を持っているものである。日々の仕事、日々の暮らしの中で、このままで良いのか、なぜこうなるのか、どうしたら改善(解決)できるのか、という思いを強く持っている人なのである。このような人に対して、理論的、学術的な根拠や裏付けを持って現状を整理し、分析してもらえるようにすることを総政はめざした。そして、既に社会で目一杯に活動・活躍している人が多いことから、大学院では文献や資料をじっくり読み、学問的、論理的思考を巡らしてもらえるような環境を提供することを心がけた。

 

 ところで、社会で生起している諸問題は多様な原因・背景を持ち、複雑な構造になっているのが常である。したがって、その問題を理解し、分析し、解決策を模索するためには、既存の単一の学問領域では対応しきれない。政治、経済、社会の様々な側面から現実を見なければ問題の本質が判らない。解決策を考案しても、法律的に問題はないか、政治的に受け入れられるか、経済的に持続可能かというような検討が求められる。そのためには、法学、政治学、経済学、経営学、社会学といった学問を総動員して行かなければならない。いわゆるインターディシプリナリーアプローチや、様々な研究分野を総合的に活用、応用することが必要になるのである。かくして、社会で問題意識を持った人の研究をサポートする大学院として、総政は文字通り「総合」政策科学をめざすことになったのである。

 

 もちろん、入学者は既に仕事に就いている社会人ばかりではない。研究者をめざすいわゆる「学生」院生もいる。そのような人には、何らかの基盤となるディシプリンに軸足を置きつつも、インターディシプリナリーアプローチで研究する資質・能力を磨いてもらうことに注力してきた。その甲斐あって、総政修了者で大学教員などの研究者になった人も多い。

 

 このように、総政は概ね順調に展開してきたが、ここ数年は必ずしも順風満帆という状態ではない。後期課程はともかく、前期課程では入学定員を満たしていない状態が続いている。文科省が主導する大学改革に翻弄され、本来の総政の良さがスポイルされている面も否めない。では、これからの総政はどうあるべきなのだろうか。今後のあるべき姿については、総政の全教員はもとより、様々なステークホルダーが議論して決めていくことになるので、ここではあくまでも私の個人的見解を述べておく。

 

 総政の設立に関わったというバイアスがあるかも知れないが、開設当初の趣旨や狙いにもう一度立ち戻ってみるのが良いと私は思う。既存のディシプリンに一定の信頼と尊敬を持ちつつ、それらを有機的に結びつけて新たな視点や分析手法を模索するというスタイルの「総合政策科学」が、複雑化、グローバル化が進む現在でも有効であるだろう。一方、20年前に比べると、2回の大震災の影響もあって社会で意欲的・積極的に活躍する人が老若男女を問わず多くなっている。それゆえ、学術的、理論的な検討と思考の場としての大学院の存在意義が一層高まっているのではないだろうか。

 

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