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教授が語るSOSEI

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井上 恒男

厚みのある政策人材の形成に向けて

 政策系の大学院が目指すのは、いうまでもなく「高度な問題解決能力を総合的に備えた専門職業人」、いわば「政策プロフェッショナル」の養成である。そのためには理論と実務両面の学びが求められることから、我がSOSEIをはじめ全国の政策系大学院では、教育カリキュラムさらには教員組織の中に政策実務経験者を加えたり、行政との共同演習、共同研究等の様々な試みを行っている。その取組みは着実に進んでいるように感じるものの、教育や研究の現場と政策現場の距離は果たして縮まっているのだろうか。

 私はもともと福祉政策の現場出身であるので、政策現場での経験を政策学の教育・研究現場に少しでも活かしていくよう個人的にも努力するのが務めと肝に銘じているが、同時に、政策当局と政策研究者の政策形成過程での協働作業を進めるための大きな枠組みづくりの方策として、行政・研究者協働による政策プロジェクト、人事交流等の必要性をかつて指摘したことがある(SOSEI編集の「総合政策科学入門」第2版、2005年参照)。しかし、私が政策実務から離れて長くなったため余計に感じるのか、政策、特に福祉政策等の分野では懸案山積、政治・行政の変化の目まぐるしさやスピードアップの中で研究者が後追いしているような気すらしている。

 研究者がその見識を政策に反映させる実践として、行政の検討会、審議会等で意見を述べ、報告書等をまとめる活動がある。しかし、検討会等の運営は行政事務局が担い、結局は行政主導の土俵の中での片思い的な役割に終始しがちである。検討スタッフも十分備えた独立組織の検討会という形が保障されなければ、本来は客観的中立的で本格的な政策提言を期待するには限界がある。行政の対抗軸として研究者や専門家がもう少し独立して政策アクター的役割を発揮できる場としてシンクタンクがあり、そのすそ野も広がりつつあるが、受託研究の実施が主体であったり、行政が一部のシンクタンクを重用しているような印象も否めない。

 確かに技術分野等では産官学の共同研究は珍しいことではなくなったし、政策実務の経験者が研究者に転じる事例も増加し官学の風通しはよくなったように見える(時に天下りと非難されつつ)。しかし、私が官学の隙間を埋めるうえで特に足りないと感じているのは、学から官内部への進出である。時代が今対応を迫っている政策課題に行政と研究者が共に向きあい力を合わせて解決を図っていくという過程の中で、政策分野の研究知が活かされると同時にその真価が試され、より評価に耐えうる政策形成が期待できると考えるからである。

 学から官への進出例として、ここ十数年、学者の閣僚登用、顧問・参与という役割での政府中枢部門でのブレーン化など、いわゆる政治任用も散見されるようになった。アメリカ等では大学教授も政治任用で政府要職につき、政権交代があると政府ブレーンが入れ替わり、「回転ドア」とも揶揄されているようであるが、一気に政治任用という形態をとらずとも、地道な工夫も可能ではなかろうか。ちなみに、私の古巣の厚生労働省の社会福祉分野では昔から専門官というポストがある。一般職でなく研究職という選択もあろう。ただ、研究者が大学を離れて政策現場に入っても、将来の身分保障があるわけではない。我が国は欧米
のように転職が一般的な社会ではないので、研究者が大学、公的研究機関、企業等の間でそれぞれ雇用契約を結ぶクロスアポイント制度等の検討も必要になるかもしれない。より緩やかな方式としては、官庁との人事交流や国内留学制度の転用という方法も考えられる。

 とはいえ、政策実務の現場では、いわゆるヒト、モノ、カネ、さらに時間の制約の中での様々なステークホルダーとの調整に加えて総務的な仕事も多く、学究的な環境にはほど遠い。政策決定が政策科学的知見を駆使して行われているわけでもない。わざわざしんどい目をして実務の渦中に入らなくても外部からの観察だけで十分という見方もあるかもしれない。下手をすれば御用学者というレッテルが生涯ついてまわるかもしれないリスクもある。しかし、それらを恐れ躊躇していてはいつまでたっても官学の溝は埋まらないのではなかろうか。

 以上は、研究者と行政実務家を比較してどちらがどうとかいうような狭い料簡で述べているのではない。大事なことは、官学双方向の往来がもっと活発化していくことにより、大学研究者だけでなく政策担当行政官の流動性と多様性が高まり、そのことにより政策課題に関わるより厚みのある政策人材・政策集団が政策実務現場、政策研究現場双方に形成されることである。政策実務知を持つ研究者と研究知を持つ政策実務家が協働することができれば、行政における政策形成能力が高まることはいうまでもなく、また教育においても政策実務からの知見がフィードバックされ、政策系大学院での政策プロの人材養成がパワーアップされるに違いない。