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エビデンスとエピソード 川上敏和教授

近年、私は統計や統計学の初歩的な内容を、学部においても研究科においても講義する機会を増やしている。それにはいくつかの理由がある。1つは、政策の現場で「エビデンスベースド」という言葉が、最近しきりに用いられるようになったことである。エビデンスベースドとは、ひらたく言えば「客観的なデータや数値に基づいて考えましょう」ということである。私の所属するいくつかの学会においても特別なセッションやパネルディスカッションなどでこのテーマがしばしば取り上げられており、そこでは専門的知識を備えた人材育成が急務であるとしばしば訴えられている。政策現場を担う主体は公務員である。日本の場合、公務員は法学部を中心として主に文科系学部出身者で占められる。ところが、統計学は数学の1つの分野なので、文科系で育ってきた学生さんや院生さんたちには敷居が高い。総合政策研究科の中には、公務員志望の院生さんや、現役の公務員も社会人として在籍しておられる。そういった方々が高い敷居を乗り越えるためのサポートが出来ればというのが1つの理由である。

また、AI技術の急速な普及によって、今後、社会が大きく変化していくことが予想されている。そういった話題については、社会的な関心が高まっているようであるが、スマートフォンを当たり前に使う世代の学生さんたちにとっては特に関心が高いようである。AI技術というのは、基本部分に統計学の考え方があるので、統計学を勉強しなければと考える学生さんが増えているようである。

こういったニーズの高まりはもちろん大きいことなのだが、総合政策科学研究科の学生さん限定の理由としては、統計や統計学でできることとできないことを知って欲しいということがある。考察対象を数値化して考えるという統計的手法は、様々な分野で極めて大きな成果を挙げてきた。その反面、数値化は考察対象の特定の面だけに注意を注ぐことになり、個別の対象が持っている多くの情報を捨ててしまっているということは意識されにくい。また、小さなサンプルの調査を用いて、より大きな集団の性質を推測するという手法には、ごく小さい確率ではあるがその推測が間違いかもしれないというリスクが含まれている。統計学では、ほぼ確実に当たるが、ごく小さい確率で外れることを読み込んでより大きな集団の特性を把握しようという考え方をする。社会科学で用いられるデータというのは、そもそも誤差が相対的に大きいタイプのものが用いられるため、間違いのリスクがあることを知っておくことは極めて重要なのである。

こういった統計や統計学を補完する有力な手法が、事例研究つまりエピソードの研究である。言うまでもなく、政策の現場においてエピソードの研究は大きな柱である。先日放送されたNHKの「最終講義」という番組において、生物学者の福岡伸一先生が医者を目指す学生さんから質問を受けて、「患者さんはそれぞれ違うのだから、データに囚われることなく、個々の患者さんの特徴を大切にしながら治療や診察に当たる医者になってほしい」とのアドバイスしておられた。このご指摘は医療現場のみならず、臨床的な現場に広く共通に当てはまることではないかと私は思っている。政策の現場も、臨床的な側面が大きい。例えば、地方を活性化させるためには、どの地方でも共通に使える手段というのは限られており、その地方ならではの個性を活用することが肝要である。ここで誤解して欲しくないのは、だから統計や統計学のようなデータを扱う分野の勉強が必要ないということが言いたいわけではない。それとは逆に、事例の細部に囚われないためには、データの使い方に習熟しておく必要があると言うことである。福岡先生のご発言は、医療現場ではデータが重視されすぎているという現状を背景としてのものと思われる。一方、政策の研究は事例研究に偏っている現状がある。それをエピソードとエビデンス双方の視点からバランスをとる方向に修正するということが、現在、政策の現場で求められていることではないだろうか。そして、これが総合政策科学研究科の目指す複眼的思考の1つの形になるのではないかと私は考えている。