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地域精神保健対策の「失われた20年」 教授 井上恒男

2010年4月から半年間の在外研究では、主として英国の高齢者介護政策の動向を調査研究の対象とした。 その発表は別の機会に譲ることとして、滞英期間中にずっしり重い宿題をもらうこととなった。 宿題というのは、「英国の1990年頃」といわれた、日本の地域精神保健対策の圧倒的な立ち遅れである。

よく知られているように、日本の精神保健医療対策は病院医療中心で、精神科病床数は主要国の中でも群を抜いて多く、 平均在院日数も厚生労働省統計では307.4日である(2009年)。 欧米の統計に近い定義を用いれば約65日という研究報告もあるが、英国の精神科病床では、1年以上の入院は4.8%、 過半数(52.3%)は1ヶ月未満と(2008年度)、日本に比べ大変短い。

なぜこのような短期入院(早期退院)が可能なのか。その大きな鍵を握っているのは、地域でのケアを行う地域精神保健チーム (community mental health teams)、特別精神保健チーム(specialist mental health teams)という2つの精神保健チームの活動であることが滞英中によく分かった。 以前から文献を通じて注目していたが、今回実地に視察する機会があったので、その一端を紹介したい。

訪問先の概要

ドーバー海峡から見る白亜の海岸
写真1 ドーバー海峡から見る白亜の海岸

訪問したのは、イングランド南西部の東サセックス(East Sussex)地域の精神保健トラスト (一次・二次の精神保健医療を一括して担当する国営医療・NHSの地域行政機関の1つ)である。 この地域には、1066年に当時のフランス・ノルマンディー公ウィリアムズが英国王ハロルド2世の軍を破りイングランドを支配することになった戦いで英国史上有名なヘイスティングズ (Hastings)という都市がある。その名もバトル(Battle)という戦跡地ゆかりの町もある。 この東サセックスの精神保健トラストは、5つの自治体、人口51万人強(2008年推計)をカバーしている。

2010年8月16日からイーストボーン(Eastbourne)という海辺の都市に滞在し、初日は東サセックスの東半分、 2日目は西半分の地域精神保健チーム等の事務所やその訪問エリアを駆け巡り、またデイケアセンター等の主として成人向けの地域精神保健サービスを訪問した。 イーストボーン辺りは、ダウンズと呼ばれるなだらかな起伏の丘陵と海峡側から眺望できる白亜の海岸が美しい(写真1)。

地域ケアを担う精神保健チーム

英国ではどんな病気の時もまず受診するのはGP(general practitioners)と呼ばれる家庭医で、GPが必要と判断した時にはじめて病院にかかることとなる。 精神科でもまったく同様であるが、専門治療が必要になったら直ちに病院に紹介されるのではなく、その際に重要な役割を果たしているのが、 地域精神保健チームと特別精神保健チームである。

地域精神保健チームの1事務所
写真2 地域精神保健チームの1事務所

地域精神保健チームの方は、精神科医他の多職種の専門職で構成されているのが一番の特徴である。東サセックスには東西南北のエリア毎に4チームあり、 GPと連携しながら治療を行うとともに、精神保健看護師は訪問看護、心理士はカウンセリング、ソーシャルワーカーは福祉サービス、住宅等の手配を行うなど、 精神疾患患者が地域で暮らし続けることをチームで支援している。実地に訪問して納得したのは、そのメンバーが異なる事務所に属しつつ横の連絡を取り合っているのではなく、 1つの事務所に全員が駐在し、そこを拠点に文字通り多職種協働のチームとして活動していることである。自治体福祉部局に雇用されているソーシャルワーカーも勿論そこで勤務している。 事務所はさしづめ地域精神保健活動に特化した保健所のようである。そして、毎週定期的にケアプランを打ち合わせるためのミーティングを持っている。 事務所によっては就業支援を行う民間団体派遣のスタッフも駐在している。ちなみに、この時に訪問したデイケアセンターでは元精神障害者が居場所活動の運営に携わるなど、 地域の様々な力を活用し、地域でのケアを継続するための事業メニューを充実させていることを感じた。

ハイモア(Highmore)地域精神保健チーム事務所のスタッフ:( )内は人員
Consultant Psychiatrist(1)
Associate Specialist(1)
GP Trainee(1)
Community Psychiatric Nurses(4)
Social Workers(2)
Community Support Workers(2)
Employment Specialist(1)
Clinical Specialist in Occupational Therapy(1)
Occupational Therapist(2)
Admin staff(5)
事務所全体の担当ケース:421人

地域精神保健チームの守備範囲は主として一般的な精神疾患までなので、さらに複雑な保健・社会ニーズを抱え専門的な支援が必要な患者に対しては、 地域の実情に応じて設置されている「積極的アウトリーチチーム」、「危機介入チーム」、「早期介入チーム」等の特別精神保健チームに紹介される。 このうち今回訪問した「危機介入チーム」は東サセックスでは「危機介入・ホーム治療チーム」と呼ばれ、地域内の中核病院2か所に事務所を構え、 24時間365日体制で在宅での継続治療を一手に引き受けている。病院の病棟の場合はナースステーション等に医療スタッフがつめ、 ここを拠点に入院患者に必要な医療ケアを行うが、この「危機介入・ホーム治療チーム」では担当する地域をいわば病棟に見立て、 チームメンバーが在宅患者宅を訪問して医療ケアを展開しているわけである。事務所内のボードには訪問先・担当者の計画表が掲示され、 さながらナースステーションのようであった。

東サセックスには、特別困難な精神疾患患者を強制入院させる特別精神科病院(46床)があるのを別として、 NHSの病院はもともとコンクェスト病院(ヘイスティングズ)と地域総合病院(イーストボーン)の2か所の中核病院のみであり (へき地には、別途、コミュニティ病院と呼ばれる2か所の小規模病院)、その敷地一画にそれぞれ精神科病棟(合計84床)があるにすぎない。 その病床数で入院治療を運営できているのは、地域精神保健チームと特別精神保健チームができるだけ入院をさせないよう在宅での治療を行い、 また、入院治療が終了し退院した患者を地域で支えているからである。

ちなみに、病院よりも在宅で精神科治療を行うことについて医療者として不安はないかと面会した地域精神保健チームの精神科医2人に質問してみたところ、 地域ケアの方がむしろ望ましいという返事が即座に戻ってきた。地域ケアは今や確固たる信念として関係専門職に共有されていることをあらためて確認することができた。

精神保健チームへのてこ入れ:英国の選択

今回の訪問では、行く先々で日本の現状は「英国の1990年頃」のようだといわれた。英国では既に1960年代から精神病棟(病床)の削減が進み、 いわゆるコミュニティケアがビジョンとして推進されたものの、現実には前者が先行し、地域での体制づくりは1990年代になってもまだまだ未確立だったという意味であろう。 確かに米国の影響を受け、地域で精神疾患患者をサポートするためのCare Programme Approachなどが開発、試行されてきたが、 精神障害者による犯罪が発生して地域でのサポート体制の脆弱さがあらわになり、治安的側面が強化されるような紆余曲折もたどった。 このように英国の地域精神保健ケアの体制も必ずしも一直線で今日の状態にたどり着いたわけではないが、そのてこ入れを本格的に行ったのは先のブレア労働党政権である。 1999年には日本の高齢者ゴールドプランに匹敵する「精神保健10ヵ年戦略」(National Service Framework for Mental Health Services)を策定するとともに予算を大幅に増額した。 さらに2000年に策定した「NHSプラン」の中でも、上述の精神保健チームの増強、配置される専門スタッフの増員を盛り込むとともに予算の追加措置を行った。

「英国の1990年頃」とは、励ましの言葉でもあったが、日本ではこのような本格的なてこ入れ以前の状態に止まっているという評価でもある。 厚生労働省の精神保健福祉対策本部が「精神保健医療福祉改革のビジョン」を発表し、「受け入れ条件が整えば退院可能な者約7万人」 について10年後には解消を図ることを打ち出したのは2004年9月のことである。 確かに新規入院患者の平均在院日数は以前に比べると短期化の傾向が見られるが、残念ながら入院患者数はあまり減少していない。

「失われた20年」を取り戻すために:日本の選択

精神障害があっても地域で暮らせるようにするためには、それを可能にするサービスネットワークが地域に備わっていなければならないが、 英国で実地訪問してあらためて我が国に求められていると感じたのは、とりわけ地域精神保健福祉活動を担うスタッフの拡充、そのための思い切った予算投入である。 長期入院解消のため精神科病院に退院促進(病床削減)を迫ることも一方の対策であろうが、いくら旗を振っても、 地域でのケアを継続的に担う専門職スタッフの配置を予算の裏付けをして進めていかなければ実態は変わるまい。それは1990年頃の英国を振り返れば明らかである。 地域移行・地域生活支援の推進に向け、我が国の政府予算も増額されているようであるが、もっと格段に思い切った財政てこ入れが必要ではなかろうか。 例えば、退院促進が進み医療保険財源が節減されれば、それを地域精神保健対策の拡充に充てるというような。特別会計と一般会計をまたがる予算措置はそう簡単ではないが、 「埋蔵金」の例にならえば、政治的決断次第で技術的な困難は乗り越えられるのではないか。

もっとも、恐らくよりハードルが高いのは、精神疾患対策を国民的課題として取り組んでいくことについての社会的な合意形成であろう。 英国では、病院中心のケアに対する反省が医療福祉関係者から提起され、また差別や排除に対する当事者・家族からの異議申立てという過程を経て、 精神疾患が国民的課題として認識されるに至った。精神障害者によるショッキングな事件によっても地域ケアという理念は後退しなかった。 我が国に同じことが可能かと問えば、長年の根強い偏見を解消するのは容易なことではなかろう。しかし、今回の実地視察の際に思い起こし、 勇気付けられる前例がわが国にもある。それは、認知症に対する国民的キャンペーンの成功である。認知症は、その本質が理解されるようになるまで本人も家族も無理解、 差別に苦しみ、ケアのための体制は十分ではなかった。しかし、「認知症でもだいじょうぶ」町づくりキャンペーンによって日本人は認知症をみんなの問題として認識できるようになり、 対策は大きく前進した。認知症への認識を転換することができた日本社会は、精神疾患にも共感力を持っていると思いたい。

しかし、英国に遅れること20年。政策の舵取りが遅れたこの間にも入院患者の高齢化は進んでいるので、キャッチアップするには20年以上のエネルギーが必要となろう。 失ったものはあまりにも大きい。それを取り戻すためにも、一番求められるのは政府による財政的バックアップであろう。