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荒川修作の死を悼む 教授 柿本昭人

今年の5月20日、『朝日新聞』の朝刊を開いたとき、なぜかその日は「お悔やみ欄」に目が最初に向かった。普段は見向きもしないのに。

公園「養老天命反転地」
荒川修作さん死去

養老天命反転地などの奇抜な作品で美術界に波紋をなげかけ、国際的に知られた美術家荒川修作(あらかわ・しゅうさく)さんが19日、ニューヨークで亡くなった。73歳だった。

第2次大戦後の美術界をリードした一人。長くニューヨークを拠点に活動した。

名古屋市生まれ。1950年代から既成の美術観を覆す作品を発表。60年には赤瀬川原平、篠原有司男らと前衛的活動を続け、61年渡米。英語や数字などを画面に取り入れる作風を展開し、建築に接近。岐阜県養老町の公園「養老天命反転地」や、東京都三鷹市の集合住宅「三鷹天命反転住宅」などの試みが話題になった。
……(後略)……

(平成22年5月20日付 『朝日新聞』より)

えー、嘘だろ!「宿命反転」という語によって、死に対する宣戦布告を行った荒川が亡くなるなんて。

いずれ死ぬということを根本的には反倫理的だと見なさないような生命価値にかかわる倫理システムは、 非論理的であり、さらには反倫理的だと考えられます。

(『建築する身体』 XI頁より)

ドン・キホーテに敬意は表しながらも、人間を超えた者への闘いが分析可能かつ反復可能な環境的地平として現れるように、 荒川は「養老天命反転地」「三鷹天命反転住宅」「志段味循環型モデル住宅」を用意した。 だから、「アフォーダンスが分からない」とゼミ生が言うので、一緒に養老に出かけ、 授業で輪読するM・セール『自然契約』での地上の政治と海上の政治の違いが理解できないという大学院生と 『課外授業ようこそ先輩』(NHK、2005年4月27日放映)を見もしてきたのである。

養老天命反転地
写真1 養老天命反転地
学生と養老天命反転地にて
写真2 学生と養老天命反転地にて

荒川は退化から「回復する」というが、実際は可能性として潜在する新たな知覚―経験の獲得を、先の諸施設はもたらしてくれる。 バリア・フリー、シームレス、そうした滑らかさや平滑さが、人間の思考を奪っていると荒川の主張に私もずっと感化されてきた。 私自身が「養老天命反転地」が完成した年に、交通事故で身体変容を被ったのもその一因かもしれない。 私の受けた「リハビリ」訓練がイタリアのカルロ・ペルフェッティらが中心となっている認知運動療法的なアプローチであったことに気づいたのは、 ずっと後になってからだった。歩き方の「回復」ではなく、歩き方の「創造」が訓練の内容だったのである。もっと正確に言おう――感覚の発見と記憶である。

荒川の番組で、養老天命反転地にやってきた子供たちはすばらしい。地面は波打ち、幅の狭い通路の暗闇の迷路の中で、 教えられもしないのに新しいコミュニケーション・ツールを発見して実行する。 迷路の壁を叩いて「こっちだよ~!」を声をかける。掌が、足の裏が、そして体全体が振動を受けとめる新しい<目>となることを子供たちは発見する。 だから、迷路から出てくるなり「他の自分に会ってる」と嬉しいそうな顔になって話す。

研究というのものも、こうした真っ暗闇の中を手探りで進んでいくのだから、一つ形になるたびに「他の自分に会ってる」と言えるようになりたい。 養老天命反転地に赴かなくても、今はその気持ちを思い出せる。

太陽