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一票の格差、予算配分と民主主義 教授 川浦昭彦

安倍首相に続き、福田首相も突然辞任した。その理由の一つに、2007年の参議院選挙での民主党の勝利により野党勢力が多数となった参議院と、 自民・公明の政権与党が議席の3分の2以上を占める衆議院とが、「ねじれ国会」と称される状態になり、国会審議が与党の思う通りに進まなくなったことが挙げられる。 野党が反対すれば参議院では法案が可決されない状況が発生したことにより、衆議院と参議院の関係や、参議院の果たす役割への関心が改めて高まっている。

衆参両院での議席配分

立法府での二院制を採用している民主主義国家の多くでは、上院・下院の役割が峻別され、選挙制度にもその役割の違いが反映されている。 例えば、英国では下院(House of Commons)の優越が徹底しており、上院(House of Lords)の構成員は世襲議員が多数を占め、投票による選出は行われず、 また任期も定められていない。米国連邦議会では、下院(House of Representatives)においては、 国内の人口分布を正確に反映して各州内選挙区からの選出議員数を決定しているが、上院(Senate)では、連邦を構成する50州がそれぞれ2名の議員により平等に代表されている。

国会議事堂

これに対して、日本では下院(衆議院)・上院(参議院)の役割分担が明瞭でない様に思われる。確かに憲法は衆議院の優越を定めているが、 条約の承認と予算以外の法案に関しては、衆議院の優越は3分の2以上の多数が賛成せねば実現しない。また、両院の選挙制度にも際立った違いは見られず、 両院共に、47都道府県に人口を基準として割り振られる候補者個人に投票する地域選挙区と、政党に基盤を置いた比例代表を併用している。 そして、地域別議席配分が各都道府県の人口を織り込んで決定されていると言っても、それは実際には必ずしも徹底されておらず、 「一票の格差」を生み出していることは広く知られている通りである。

一般に、この国会議員の地域別議席配分の問題を分析する場合には、国会議員一人当たり有権者数や、その逆数である有権者一人当たりの国会議員数が用いられることが多い。 しかし、これらの指標は、人口変動や年齢構成の移行、国会議員総定数の改訂により変動してしまうため、時間経過に伴う状況変化の観察や国際比較を目的とした分析には使いづらい。 そこで新たに「相対代表指数」とも呼ぶべき指標を

[ある地域を代表する議員団の立法府での構成比率]÷[当該地域の対全国人口構成比]

として定義する。ある地域が全国におけるその人口構成比率と同じ割合で立法府での議席数を割り当てられている場合には、この指標は「1」となる。 人口比を上回って立法府において代表されている地域の相対代表指数は「1」を越える値となり、逆に人口比に見合う議員数を選出できていない場合には「1」を下回る。 議席配分が全国の人口分布を完璧に反映している場合には、すべての地域においてこの指数は「1」となり、地域によって指数のばらつきは発生しないはずである。 しかし、議席数は整数の値とならざるを得ないため、人口構成を厳密に映し取る議席配分は実際には困難である。 また人口分布のデータを地域ごとの議席割り振りに織り込む過程で用いられる公式の内容によっても、ある程度のばらつきは発生する。 例えば、現在の衆議院の議席配分の仕組みでは、議席を人口比で配分する以前に、各都道府県に先ず1名の定数を割り振っており、不均衡が発生する原因となっている。

議席配分の不均衡は、相対代表指数の標準偏差として表現される。標準偏差が小さければ、それは議席配分が人口分布と整合しており、不均衡が抑えられていることになる。 2005年時点でのこの標準偏差を比較すると、衆議院の0.188に対し、米国下院の値は0.100であり、米国議会下院の方が人口分布をより忠実に反映している。 指数の最小値から最大値までの幅についても、日本では東京都の0.847から高知県の1.605までであるのに対し、 米国ではモンタナ州の0.727からワイオミング州の1.335までの間に納まっている。 この背景には、米国では10年に一度行われる国勢調査の人口分布に基づいて、州別議席配分を自動的に見直す制度の存在がある。 また参議院については、指数の標準偏差は0.522であり、不均衡はさらに大きくなっている。

代表の不均衡と予算配分

この議席配分の不均衡は、都道府県の人口分布を基に立法府での代表を配分するという日本での間接民主主義の基本的考え方に鑑みて不適切であるだけではない。 議会での代表の不均衡は、中央政府の予算における歳入・歳出の地域バランスにも影響を与えている。 私が行った研究によれば、衆議院・参議院を問わず高い相対代表指数を持った県が、公共事業や地方交付税交付金などの中央政府予算配分で相対的に優遇されている。 つまり、人口に対して国会での議席配分が過剰となっている都道府県は、立法過程で決着する予算獲得競争において有利となっている。 これに対して米国議会では、議席配分の不均衡が地域別予算配分に影響を与えている状況は、上院では観察されるものの、下院では認められない。 既に触れた通り、そもそも米国上院は人口を議席配分の基準にしていないため、人口が少なく過剰代表されている州が結果として連邦政府の予算配分で有利な扱いを受けることになる。 また、米国の下院に関しては、いずれも議席配分が人口比からそれほど乖離していないため、議席配分と州別政府支出との強い関係は認められない。 しかし日本では、人口を基準とする原則があるにもかかわらず、議席配分決定の過程でその基準が徹底されていないため、予算配分への影響が発生してしまっているのである。
(注: ここで紹介している日米両国での予算配分に関する分析の詳細は拙著 "Public resource allocation and electoral systems in the U.S. and Japan" Public Choice, Vol. 115, No. 1-2, April 2003, pp. 63-81 にまとめられている。)

日米の予算配分の研究を通じて明らかになったのは、一人当たりの県民(州民)所得によって「豊かさ」を定義した場合には、 両国とも相対的に豊かな地域から貧しい地域への所得再分配が予算を通じて実現していることである。 そしてこの所得の不平等を是正する傾向は、立法府における代表の地域不均衡とは独立して行われている。 つまり、議席配分に関わりなく、立法府は政策として所得再分配を行っているのである。 これに対し、国会の明確な意思決定とは別に、代表の不均衡という制度的要因によって再分配が行われる状態は望ましいとは考えられない。

選挙制度改革に向けて

それでは、人口比を反映した均衡のとれた議席配分を実現するにはどうすれば良いであろうか。まず考えられるのは、議席を都道府県別に割り当てる際に、 県別人口比を厳密に反映させる原則を貫徹することである。「一票の格差」が問題とされて久しく、数年毎に議席配分の微調節は行われているが、 人口比を唯一の基準とした選挙区の全議席配分の抜本的な見直しが必要である。さらに、何年に一度と期間を定めて議席配分見直しを行う仕組みを確立するべきである。 憲法第一条で国民主権が謳われている以上、在住する都道府県に依らず国民は立法府で平等に代表される権利があり、人口変動により必要となる都道府県間の議席調整作業は、 政治的駆け引きを経ずに独立して実行されることが望ましい。

だるま

また、参議院選挙区に存在する代表不均衡の大きな原因は、各都道府県の議席を偶数としていることにある。 これは「参議院議員の任期は、6年とし、3年ごとに議員の半数を改選する。」としている憲法第四十六条の要件をすべての都道府県について満たそうとしていることに問題がある。 参議院選挙区の議席は衆議院小選挙区議席の半数程度の146議席と少なく、そもそもそれを47都道府県に人口比で配分することは容易では無い。 その上に各都道府県の議席を偶数とするとの制約を課しては、議席配分が全国の人口分布からますます乖離し、歪んだものとなることも当然である。 したがって「半数を改選」という憲法上の要件は個別都道府県においてでは無く、選挙区議席全体で実現することと定め、都道府県配分議席の偶数の制約を取り除けば、 全国の人口分布とより整合性のとれた議席配分が可能となるだろう。

しかし、こうした選挙制度の改革を行えば、衆参両院はともに人口を基準に配分された選挙区選出議員と、比例代表選出議員により構成される極めて似通った会議体となってしまう。 二院制の長所が法案をより多様な視点から検討することにあるとすれば、両院にそれぞれ独自の特徴を持たせることも必要であろう。 例えば、参議院を全国区選出議員と比例代表選出議員から構成する(あるいは全議席を比例代表とする)ことで、地域代表議員の選出を衆議院に任せることも可能である。 さらに、都道府県別議席を人口動態の変化に合わせて定期的に改訂する衆議院の選挙制度改革と組み合わせれば、衆参それぞれの独自性が生まれる可能性がある。

また将来的に憲法改正が議論される場合には、衆議院の優越を拡大する必要がある。 「ねじれ国会」で明らかになった通り、衆参両院が異なった政治勢力により支配された場合には、党利党略により国会での法案審議が停止してしまう可能性は高い。 こうした場合に衆議院の解散総選挙で国民の意思が表明されたとしても、その結果与党となった勢力が同時に参議院での多数を形成していない場合には、 国政は相変わらず停滞することになる。したがって、喫緊の課題として衆参両院での議席配分の見直し、参議院に独自性を回復する改革の実現に取り組むと同時に、 国民の意思が国会審議に直接的に反映される二院制の枠組みを実現するための、国民的な議論を開始するべきである。