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都心居住のフィールドワーク 准教授 山口洋典

フィールドワーカーにとって、地名を読み間違えることは実に恥ずかしいことである。それは、それまで親しくおつきあいをしてきた方の名前を覚え間違いをしていたときに似ている。ともあれ、自分自身の恥ずかしさは自分自身が耐えればいい。問題は、その覚え間違いが発覚したとき、その場にいた人たちに、一瞬にして白けムードが漂うことだ。  同志社大学大学院総合政策科学研究科に着任する以前から、具体的には2002年より、私は大阪市中東部に位置する上町台地界隈でフィールドワークに取り組んできている。前もって言っておくが、この「上町台地」を読み間違えたのではない。「かみまちだいち」と読むことなく、「うえまちだいち」と発音した。いやむしろ、そこを間違えておいた方が、前述の恥ずかしさを覚えなくてすんだのかもしれない。

上町台地界隈は、大化の改新以来、都が置かれ、人々が賑わい、歴史と文化にあふれたまちとされている。台地と言うくらいだから、どこまでを上町台地界隈と言うかは難しいが、北を大阪城に南を天王寺駅にそれぞれとって、松屋町筋を西限、大阪環状線を東限、とりわけこの区域を、狭い意味での上町台地と位置づけている。しかし、東の裾野には日本最大のコリアタウンがあるし、なだらかな地形は南に住吉大社まで続いている。ともあれ、例えば大阪市が上町台地を「歴史の能舞台」などと呼ぶように、地域資源にあふれたまちであることには論を待たない。

アートツーリズム

歴史的な地域資源にあふれた上町台地の特徴として、歴史上、そして今なお居住の地として栄えてきたことがある。この点は、弘本由香里氏による著作(『自治都市・大阪の創造』敬文堂)に詳しいが、簡単に言えば、大阪は商いのまちとして、借家による長屋文化が栄えた。今で言えば、マンション暮らしの職住近接コミュニティが創出、維持、発展してきたのだ。そんなまちで、まさにあるマンション開発にまつわる議論の場が端緒となって生まれたのが、私がフィールドとする「上町台地からまちを考える会」である。

上町台地からまちを考える会

「上町台地からまちを考える会」は、2003年5月31日、生國魂神社の参集殿にて発会式を催している。その日から遡ること約2年前、発会式に並んだ理事の多くは、都市基盤整備公団(当時・現在の都市機構)による「上本町コミュニティネットワーク構想研究会」の委員として協議を重ねていた。目的は大阪赤十字病院の建て替えに伴う周辺街区の開発にあたって、実践家として、研究者として、地元住民として、それぞれの立場から湧き起こる発想を重ね合わせて、よりよいまちを創造するための理念を検討するためであった。ところが、概ね、理念の概要が定まったところで、小泉内閣による各種公団の解体、民営化の波にのまれることとなった。

「せっかく集まって、議論もしたのだから、なんとかならないか。」しかし、都市基盤整備公団は解消後、都市再生機構(西日本支社)がプロデューサーとなって、民間事業者が開発した住戸の分譲、賃貸住宅の提供、高齢者施設商業施設などを整備することとなった。釈然としなかったのは、改めて「コンセプト研究会」なる会議を設置したことであった。そんな動きもあって、後に「上町台地からまちを考える会」の理事となる「上本町コミュニティネットワーク構想研究会」のメンバーは、新しいまちづくりネットワーク創造のための発起人となって、共に活動していくパートナーを求め、ネットワークの層を拡げた。

かくして発足することになった「上町台地からまちを考える会」だが、そのこだわりは会の命名に顕れている。「上町台地の」ではなく「上町台地から」としたのだ。さらに、その名をひらがなで記すと明らかになるのだが、「うえまちだいちから」と「力」ということばが埋め込まれているのである。そこには、単に上町台地のまちづくりのことだけを考えるのではなく、上町台地からまちというものを考えてみよう、という願いが込められているのだ。

大阪日赤立て替え中

具体的な活動を例示しよう。まず、その資源が持つ潜在的な魅力を引き出すために、起伏の多い坂を自転車で観光する「アートツーリズム」がある。また、戦災を免れ焼け残った長屋のたたずまいに風情がある「空堀」と寺院が立ち並ぶ「寺町」と日本最大の「コリアタウン」の3つのコミュニティの活力を上げるための学びの場「まちの学校」を行っている。そして、会の関係者がゲストを招くことで市民の知力を高める「上町台地100人のチカラ!」を、隔週の火曜日の夜に、前掲の3つのコミュニティの中間地点である「玉造」において実施している。

グループ・ダイナミックスと実践的研究

では私は、上町台地からまちを考える会でのフィールドワークを通じて、上町台地から何を考えているか。それは、ネットワーク型組織の成立、維持、発展、消滅の過程のあり方についてである。一言でまとめるならば、組織化の研究である。組織の研究ではなく組織化の研究であり、それはすなわち、組織が常に安定的な規範に包まれたものではないことを前提に、変化の質とその質への対応をいかになすべきかを考えることになる。

このように集団の規範に接近するのに都合がよいのが、私が専門とするグループ・ダイナミックスという学問である。グループ・ダイナミックスと言われてピンと来なければ集団力学、それでもわからなければ心理社会学などと置き換えていただけたらよいだろう。あえて社会心理学と言わないところが重要で、とかく心理学においては個人に焦点が充てられるところを、社会における関係の有り様に着目するのがグループ・ダイナミックスである。さらに、グループ・ダイナミックス(の中でも、私が採っている社会構成主義をもとにした学派)は、研究の主体と対象の間に一線を画すことはできないという立場を採る。

したがって、むしろフィールドに没入し、当事者とともに現場の雰囲気の中に浸透している意味の創出と、その後の雰囲気をよりよいものにしていく意志の決定に貢献することが要請される。ゆえに、研究成果は論文という形になってまとめられるだけではなく、最早まちづくりの実践そのものが、当事者との合作、共作として実践的研究の成果となる。例えば、昨年度取り組んだ実践的研究の成果物、イベントデータベース「上町台地.cotocoto(http://uemachi.cotocoto.jp)」と地域資源データベース「上町台地.cotocoto+(http://uemachi.cotocoto.jp/plus/)は、地域に関心と愛着を抱き、地域を誇るためのコミュニケーションデザインの道具として、地域に活用されている。

應典院下寺町

加えて、あまり知られていないが、同志社大学大学院総合政策科学研究科は、上町台地界隈にある、一風変わった寺院「應典院」(http://www.outenin.com)との間に学術協定が締結されていることも、ネットワーク型まちづくり活動に対してグループ・ダイナミックスの観点から接近するにあたり、極めて興味深い出来事である。大阪の仏教寺院と京都のキリスト教主義の高等教育機関との協働を通じて、どのような価値を創出することができるか、興味深いところである。既にその協定に基づき、2006月11月の映画上映を皮切りに、シンポジウム等が企画し、実施されてきている。檀家さんがいない、ゆえにお葬式をしない、だからこそ現代社会においてお寺は何をなすべきなのかを愚直に追究する実践の場で、特にソーシャル・イノベーション研究コースの実践的研究が展開されていくだろう。




規範の重複構造

グループ・ダイナミックスの観点から、既にいくつかの地域で実践的研究がなされている。特に、杉万俊夫先生(京都大学)による鳥取県八頭郡智頭町の地域活性化の研究は、組織ではなく地域そのものが安定的な規範に包まれている際、活性化の糸口はどこに見出すことができるかに焦点を充てたものだ。そして、過疎地域における規範の多層構造に着目し、それを打破する重複構造を生み出すことが重要だと考え、実践した。一方で都心は、その流動性の高さから常に規範の重複構造あるいは重層構造にあるとも言える。

現在、科学技術研究費特定領域研究「持続可能な発展の重層的ガバナンス」の第4班「居住文化育成の視点から見た持続可能な都市・地域デザイン」に参加している。そこでは、まちづくり活動が「地域の居住文化育成に関わること」と定義されている。この定義に基づき、私は上町台地界隈の研究を通じて、都心部という規範の重複構造にあるまちにおいて、心地よい雰囲気をつくる活動はいかにあるべきかを明らかにすべく、これまでのフィールドワークをまとめつつある。英国、台湾、インドネシア、京都、寝屋川、など、それぞれに多彩なフィールドでの実践事例とも比較検討を重ねながら、持続可能な都市・地域デザインのあり方に接近している。

建築や交通計画など、他の専門分野の研究者の方々と、地域活性化に関する実践的研究について議論する中で、改めて気づいたことがある。それは、「わからないことがわかる」ことの面白さである。なぜ、そんなことになっているのかの質問を受けることにより、気づかずに行っていたことに気づくのである。フィールドワークの陥穽として指摘される「ワンショットサーベイ」(一見さん的研究とでも訳したらわかりやすいだろうか?)、「調査地被害」(調査を受け入れることによって現場の動きが止まる場合や外部からの思わぬ注目を浴びて日常業務が立ちゆかなくなること)は研究が実践に貢献できていない象徴的な例であるが、その対極として、知ったかぶりの振る舞いをすることなく、丁寧に現場の意味と意志を紡ぎ出すこと、そこにフィールドワークの醍醐味がある。

冒頭の話に戻ろう。私が間違えたのは「難波宮」の読み方である。これは「なにわのみや」と発音するのだが「なんばのみや」と、朗々と読み上げてしまった。しかし、そこで「昔あった都の名前を間違たらいかんわ」と、丁寧に指摘をいただいたことで、大阪のまちにおける歴史や文化に対する深い学びの機会を得た。こうして、外部から流入してくる研究者をあたたかく迎え入れてくれる当事者の方がいらっしゃるからこそ、フィールドワークが広く、深く、そして着実に進んでいくのであろう。

規範の構造1 規範の構造2