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「子どもの体験活動」を通じたソーシャル・イノベーション 総合政策科学研究科 准教授 西村仁志

総合政策科学研究科では、2006年4月から博士課程(前期課程)に、「ソーシャル・イノベーション研究コース」(以下SIコース)を開設した。これは2005年度文部科学省の『魅力ある大学院教育イニシアティブ』への採択によるものである。SIコースの設置目的は、「ソーシャル・イノベーター」とよぶ地域公共問題解決に活躍する実践者であり研究者でもある人材の養成を目指すとともに、あわせて「ソーシャル・イノベーション」に関する教育研究に当たる人材養成を進めるものである。

江湖館

SIコースでは地域における実践研究を行っていくためのオフ・キャンパス施設を設けているのが大きな特色である。京都市中京区内の築80年の京町家「江湖館(こうこかん)」、そして田園風景の広がる左京区大原に「農縁館・結の家(のうえんかんゆいのいえ)」および隣接する田畑、また同志社大学今出川キャンパス東側にひろがる出町商店街にもスペースを確保した。大学院生はこれらの拠点を活用して実践プロジェクトとワークショップの企画実施を行い、学位論文の作成はもとより、多様な人材との協力連携関係をつくるコーディネート能力やファシリテーション能力、そして自らの未来を切り開くキャリアデザインの力を育んでいくこととなる。教室や研究室だけでは得られない多様な学習と経験、そして対象とする地域やテーマにおける多彩なヒューマン・ネットワーク形成の機会を創出すべく、地域における実践プロジェクトが進められている。

こうした実践プロジェクトとして取り組んできたものに、地域の子どもたちを対象とした「居場所づくり」や「体験活動」に関わるものがある。「あそびの達人教室」は平日の週1回放課後に「江湖館」および「農縁館・結の家」をそれぞれの地域の小学生に居場所や遊び場として開放しているものである。スタートにあたって地域の子ども達や保護者向けに作成した募集チラシには「同志社大学の学外研究施設の京町家と農家を、放課後に子どもたちが安心して遊べる「あそび場」として開放しています。下校時に保護者の方が不在がちなご家庭や自宅近くに遊べる場所がない、一緒に遊べる友人がいないお子さんなど、どうぞお越しください。もちろん友達同士誘い合わせて来ていただくのもけっこうです。あそび道具もあります。宿題もOK。あそびのサポーターのお兄さん、お姉さんもいますよ。どうぞ遊びにきてください。」と呼びかけた。

「おくどさん」で調理
食育ファーム in 大原
食育ファーム in 大原

江湖館では京町家(京都の伝統家屋)という、子ども達にとっては別世界ともいえる空間のなかで、お絵かきや工作、おやつづくり、ドミノ倒しやパズルなど、賑やかに歓声をあげながらのびのびと過ごしている。また厨房や「おくどさん(かまど)」での調理をすることもある。田園風景の広がる大原「農縁館」では田畑でのいきもの採集と観察、ドッジボール、隠れ家づくりなど外で「ひと暴れ」し、室内に入って宿題をやる子、お絵描きをする子などもいる。こうして京町家という空間で昔ながらの「ローテク」な遊びに興じたり、大原のあぜ道を駆け回る子どもたちの姿はどこか懐かしく、また愛おしい風景となっている。
さて、このような活動をSIコース大学院生とともに二つの地域で約1年半続けてきたが、大原の農縁館では30名もの子ども達が登録し、毎週の活動に参加してきている。驚くべきことに地元の大原小学校は全校生徒60名という小規模校であるにも関わらず、低学年児童のほとんどが参加している。山間部の小規模校ということもあり京都市内でありながら、子ども向けに提供される「塾」や「お稽古ごと」などの機会が市内中心部と比べて少ないことや、通学範囲が広域で、バス通学の子どももいることなど、放課後に学校外で「集団遊び」をする機会が少ないことも、この地域の保護者や子ども達の「ニーズとウォンツ」に応えるものであったといえる。
一方で、市街地中心に位置する江湖館に通う子どもたちの人数が11名というのは地元御所南小学校の児童数約900名から見るとその割合は少ないように見えるが、毎週一度必ず「あそびの達人教室」の幟(のぼり)が表通りに面して掲げられ、町家のなかから子ども達の歓声が町内近隣に向けて聞こえてくることは、近隣地域にとって大きな意味をもっている。まだ幼いお子さん、お孫さんをつれた町内近隣の方々が時折立ち寄ってくださったり、開け放たれた窓や戸から室内を覗いていかれたりすることをみると、都心にあって子ども達が安全・安心に集い遊べる公共空間としての認知が進みつつあることがうかがえる。また迎えにこられた保護者の方々と学生スタッフ、あるいは保護者同士が江湖館の前でしばらくおしゃべりしていかれる様子からはこの活動を結節点としたさまざまな「縁」が生まれてきていることが感じられる。
この「あそびの達人教室」の他にも、SIコース院生による実践プロジェクトとして小学生とその家族を対象とした食育の取り組み「食育ファーム in 大原」も2年目に入っている。「畑づくりから食卓まで」をコンセプトに、畑づくりから植え付け、お世話、収穫までを行い、京料理の料理人から調理や盛りつけ、行儀作法などを習い、「子どもレストラン」で家族友人へのもてなしまで行う6ヶ月のプログラムである。

室内あそび
農縁館にて
農縁館にて

こうした「自由に過ごせる居場所」や「体験活動」の提供は、参加する子どもたちの体験の幅を広げ、異年齢や多世代との交流を促し、さらには食や農、自然の営み、文化についての関心を深めることができたと考えられる。また地域や保護者の方々のニーズ・ウォンツにこたえることができ、地域のなかでの理解者、協力者のネットワークを構築できたことも大きな成果となった。
主催者あるいは運営スタッフとして関わったSIコースの院生にとっては、子どもたちや保護者との直接のコミュニケーションを通じて、地域において子どもたちとそれを取り巻く環境や実情について、つまり「現実の地域社会」を実感することができる機会となった。また活動を自らが企画し、実施したことによって、小規模ながらも具体的な地域への貢献ができること、言い換えれば地域のイノベーションのプロセスに関わっていくことができることの手応えややりがいを感じている。

ここで紹介したのはSIコースにおける実践プロジェクトのほんの一部である。これらによって得られる知恵や人材を現場や地域にフィードバックしていくという具体的な貢献と、大学院における質の高い教育研究を両立させ、繋いでいくというチャレンジによって、新しい大学院教育のスタイルをつくっていこうとしているのである。きわめて多彩なテーマ、そしてバックグラウンドをもつ院生たちと、地域での「百戦錬磨」の実践経験をもつ教員陣とで、ともに新しい研究領域を拓いていきたいと考えている。