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北京 2005年夏 総合政策科学研究科教授 石黒武彦

今年の4月、北京を中心に生じた大規模な反日運動によって、開放政策による経済面での発展とわが国との交流が進展する様子からわれわれと同質の経済体制に向かいつつあると受け止め身近に感じ始めていた中国が、遠い存在であることを今更のように思い知らされた。勢いづいていた中国との交流について再考を迫られるような状況が続いている。

中国の成長は経済が停滞からやっと脱しようとする世界の趨勢の中にあってずば抜けている。成長率を見る限りにおいて、国内総生産は2025年には日本を、2050年には米国をも凌駕すると予測されている。それまで同じようなペースで物事が進むとは思えないが、中国が政治ばかりでなく経済においてもずば抜けた存在になりつつあることは疑いえない。

その北京に学会に出席するために7月の末に1週間滞在した。北京市の北西部、北京大学や精華大学を始め複数の大学が近くにある高科技園区、中国のシリコンバレーと呼ばれる地域である。4年前に上海に国際会議のために出かけた際、旧市街から黄浦江によって隔てられた浦東新区に林立し始めた、数え切れないほどの高層ビルに中国が成長するさまを実感した。北京で見たずっしりとした新しいビル群は2008年のオリンピックに焦点を合わせるように急ピッチでその数を増やそうとしている。空港と都心を繋ぐ鉄道も建設途上にある。

1978年に鄧小平時代が始まって以来、中国では市場経済導入などの経済開放政策が取られ、私有財産が認められ、働きに応じて富を手にすることが出来るようになった。これによって竜が目を覚ましたように人々は勢いづいた。中国では、人口爆発を抑えるために、人口の90%余りを占める漢民族は少子化政策によって夫婦に1人の子供しか持てなくなっている。このため、競争社会にあって子供にかける期待は大きく、小学生といえども朝7時に家を出て学校に行き、帰宅後宿題を済ませて寝るのは夜遅く、それを両親とそのまた親達合わせて6人が見守るのが今日化しているという。

「世界の工場」と呼ばれるほど経済が急成長した中国の原動力の中心には科学技術があると見られている。シリコンバレーの活況はそれを代表し、次の世代に托する期待も大きい。新設された中国科学技術館の4階には印刷、火薬、指南針(羅針盤)、青銅器、天文観測、数学の歴史的な業績が展示されているが、その下の階には、DNAの模型と生命技術の可能性を理解させる展示、電気の不思議を体験させながら遊ばせる装置、脳の構造を解説する模型、ヴァーチャルリアリティの体験室などが並べられている。吹き抜け空間には有人宇宙船「神舟」の帰還に使った大きなパラシュートが天井を覆っている。その館内をひしめき合うように子供達が出入りしていた。

中国は経済発展と共に、急激なエネルギーの消費、環境破壊の進行に見舞われている。最近の年間消費の伸びは10%。すでに世界第2の石油消費国になっていて、現在石油の40%強を輸入しているが、2025年までにこの数字は80%に上ると予想されている。北京の4車線の自動車道はあちこちで渋滞し、高速道路でもビービーと警笛を鳴らしながら追い越をかける。照り付ける夏の太陽のもとで排気ガスの臭いは刺激的であった。

中国科学技術館の前で。
写真説明:中国科学技術館の前で。
私たちは東アジアを引き合いに出して、欧米の価値観の呪縛から逃れようとすることが少なくないが、その中核にある中国、朝鮮半島は着実に変わりつつある。2年前に15週間講義のためにソウル大学に滞在したが、そこで実感したものは科学技術で躍進しようとするその意欲のすさまじさであった。私たちにそれを感じさせないのは日本を飛び越えて欧米と直結しようとすることによっている。ソウルでは、われわれがかつて欧米を追って走ったときに持っていた勢いに乗って日本列島を飛び越えてゆこうとする意気込みが感じ取れたが、北京のそれは、骨太でいかつく異質である。湿度が高い関西空港から高速道路を走るリムジンバスに乗ったとき、そのスピードに身をこわばらせつつも何か繊細なものさえ感じ取って北京で経験した不案内さを逃れた安堵感を覚えた。